右派弁護士の備忘録

世界文化に対する過去の日本人の態度は、自主的にして而も包容的であつた。我等が世界に貢献することは、たゞ日本人たるの道を弥々発揮することによつてのみなされる。国民は、国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖らざる皇国の道とによつて、維れ新たなる日本を益々生成発展せしめ、以て弥々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならぬ。これ、我等国民の使命である。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

坂口安吾ー戦争論

この記事はブロとものみ閲覧できます

PageTop

押し付け憲法論

http://www.asahi-net.or.jp/~MI6M-FRYM/kenpou/cons_2

の記事引用。

『いわゆる「押しつけ憲法論」について

 現行憲法はGHQが提示したものの直訳であるなどという極端な主張ではなくとも、占領軍の押しつけによってできたものだから、改正すべきだとする論議があります。

 結論から先に書くと、こういう議論のほとんどは不毛なものです。それは、なぜか?

 それは、現行憲法の現在の問題を取り上げるのでなく、過去の問題を取り上げているからです。過去にのみ拘泥し、現在の問題を取り上げない社会制度論議は、不毛なものにならざるを得ないのです。

 ある憲法の解説書にこんな意味の言葉がありました。「押しつけを理由に現在の憲法を非難する人々は出生の事情を問題にしている。しかし、憲法がどのように育ったかこそが問題なのだ」というようなものと記憶しています。

 あらためて、あなたに、お尋ねします。

 あなたは、出生の事情で、その人の価値を判断する人ですか?

 あなたは、部下の出身大学がどこかということだけで、部下の仕事に対する能力を判断する人ですか?

 それとも、その人がどのように生きてきて、いまどのようなパーソナリティを持っているか、あるいは何を大学で学び、どのような仕事のキャリアを経て、現在はどのようなスキルを持っているか、そういうことこそが大切なのだと考える人ですか?

 あなたは、どちらでしょう?

 「氏が大事」派ですか、「氏より育ち」派ですか?

 「学歴尊重」派ですか、「実力尊重」派ですか?

 あなたが「いま」が大切なのだと即座に答える人ならば、「押しつけ憲法であるから改正すべきだ」という「押しつけ改正論」を支持することはないと思いますが、いかがでしょうか。』


憲法無効論は単に過去の問題を云々しているに過ぎないという、馬鹿野郎の議論の一端。憲法無効論こそ現在の問題を論じているんだよ、クソが。

たとえば、憲法改正について、何故占領憲法の改正要件に基づいて改正しないといけないの?おかしいでしょ。今の憲法が一字一句正しいと妄想してるなら、帝国憲法を占領憲法と同じ内容に改正するように運動すればいい。

それに、比喩がいやらしいねえ。僕は学歴より実力重視です!氏より育ち重視です!ですって。確かに、占領憲法有効論は、実力重視。今の占領憲法だって、自衛隊がクーデターをおこして破棄して帝国憲法を復活したら有効と考えるんだから。シナ人がチベット人に実力で押し付けた憲法も有効。帝国主義的、反立憲主義的発想の最たるもの。占領憲法は育ちも悪いしねえ。拉致事件の真犯人だし。

もう一回言っておく。憲法無効論は現在の問題を論じている。どの憲法を改正すべきなのか。占領憲法か、帝国憲法か。占領憲法を不魔の大典として信仰の対象にするから、こういう発想になる。

PageTop

引用

 『「日本国憲法」と「大日本帝国憲法」とのそれぞれの制定経緯を比較してみると、いくつか意外に相似した事情があるのに、気がつく。
たとえば、どちらも、いわば“革命的”ともいえる変革を背景にして新しい“国づくり”をめざして作成されていること、当時の一般国民の意思または意見がほとんど反映されていないこと、などであるが、もうひとつ、双方とも外国人の知識を利用し、または外国人の手によってできあがった点にも、共通性がみられる。
(中略)
 しかし、当然のことながら「大日本帝国憲法」の作成と制定の主導権は日本側にあったし、内容も日本特有の「天皇制」を土台にしていた。その意味では、「大日本帝国憲法」はいわば“和魂洋才”的な性格であり、本書で明らかにしている如く、完全な“洋魂洋才”の「日本国憲法」とは、性格がちがっている。
 松本烝治国務相、佐々木惣一博士をはじめ、当時、憲法改正にたずさわった日本側関係者が、ひとしく心底に抱き、やがて総司令部草案に反撥したのも、この憲法における“和魂”が無視された点にあった。
(中略)かつて“国賊”とまで批判された美濃部博士が、「大日本帝国」の“崩壊”のさいにきわだった“愛国者”ぶりを顕示している事蹟は、憲法改正史をいろどる感慨深い一エピソードであろう。』(児島襄「史録 日本国憲法」(文藝春秋、S47)377頁以下)

PageTop

百選の要否

ありがたくも、質問を頂いたので、回答を書いときます。


質問=百選の要否


判例百選の要否は、しばしば議論される論点ですが、要らないと思います。ローで買わされましたが、授業で使った以外読みませんでした。

というより、使い方が問題なんだと思います。一から通読するというのなら、やめた方がいいでしょう。ただ、短答や論文の問題を解いて理解できない時に、理解の助けために調べる教材とする等の使い方をするなら、有益でしょう。間違っても漫然と1ページ目からベタ読みするとかは、やめた方がいいと思います。

あくまで、繰り返し理解、暗記すべき教材は、短答過去問、定義、趣旨、論証であり、判例百選を使用するとしてもそれは上記教材の理解のために用いるべきです。

判例百選を読み込むべきという合格者のタイプは、次のどれかにあてはまると思います。

①地頭がいいから一度百選を読めば全て頭に入る人
②学者に媚びへつらう人
③有斐閣の回し者
④短答過去問を検討し、定義•論証をしっかり理解•暗記した上で、判例百選も読んだ人

①は合格者に結構いますが、私のような低レベルな人間の参考にはなりません。②、③は、冗談ですが、ローの合格者の報告会で、ローを褒めちぎる気持ち悪い人は結構います。建前なので信用しないように。④は、正統派です。要するに、基礎知識を固めた上で、プラスαを狙う人です。

しかし、不合格者に多いのが、基礎知識を固めてないのに、判例百選を云々する人です。絶対に真似しないようにしましょう。判例百選を通読したいのなら、少なくとも短答過去問9割以上解ける、基本的な定義•論証を暗記している状態になってからにしましょう。もちろん、その過程で、調べ物として百選を使うのは構いません。

私は、百選を通読する人を見ていつも、この人は基礎知識を十分に固めて時間が余って暇だから百選を通読しているんだろうなあ、頭がいい人なんだなあ、僕は基礎知識を固めるので精一杯でそんな暇ないや、と思ってました。別に百選なんてなくても、予備校教材には、合格に必要な判例は引用されてるしね。

結局、要らないんじゃないでしょうか。あくまで私の個人的意見なので、最終的には必要だという人の意見と比較して判断して下さい。

PageTop

清水澄先生

新日本憲法ノ發布ニ先ダチ私擬憲法案ヲ公表シタル團体及個人アリタリ其中ニハ共和制ヲ採用スルコトヲ希望スルモノアリ或ハ戦争責任者トシテ今上陛下ノ退位ヲ主唱スル人アリ我國ノ將來ヲ考ヘ憂慮ノ至リニ堪ヘズ併シ小生微力ニシテ之ガ對策ナシ依テ自決シ幽界ヨリ我國體ヲ護持シ今上陛下ノ御在位ヲ祈願セント欲ス之小生ノ自決スル所以ナリ而シテ自決ノ方法トシテ水死ヲ択ビタルハ楚ノ名臣屈原ニ倣ヒタルナリ

元枢密院議長  八十翁 清水澄  法學博士  昭和二十二年五月 新憲法実施ノ日認ム

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。