右派弁護士の備忘録

世界文化に対する過去の日本人の態度は、自主的にして而も包容的であつた。我等が世界に貢献することは、たゞ日本人たるの道を弥々発揮することによつてのみなされる。国民は、国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖らざる皇国の道とによつて、維れ新たなる日本を益々生成発展せしめ、以て弥々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならぬ。これ、我等国民の使命である。

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帝国憲法改正について

◆憲法改正案 (乙案)
第一条
(A案)(第一条)日本国ハ万世一系ノ天皇「統治権」ヲ総攬シ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ之ヲ行フ
(第四条)削除

(B案)(第一条)日本国ノ「統治権」ハ万世一系ノ天皇之ヲ総攬シ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ之ヲ行フ
(第四条)削除

(C案)(第一条)日本国ハ君主国トシ万世一系ノ天皇ヲ以テ君主トス
(第○条)天皇ハ「統治権」ヲ総攬シ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ之ヲ行フ

(D案)(第一条) 日本国ハ万世一系ノ天皇之ニ君臨ス
(第○条)天皇ハ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ「統治権」ヲ行フ

◆佐々木惣一先生改正案
1から4条は,護持。5条を追加。

天皇「統治権」ヲ行フハ「万民ノ翼賛」ヲ以テス
「万民ノ翼賛」ハ「此ノ憲法ノ定ムル所ノ方法」ニ依ル

◆私見
「君臨すれども統治せず」を表現したいのであれば,乙案のD案が優れている。もっとも,日本国では「統治すれども親裁せず」(南出喜久治先生)という原則だと考えると,佐々木惣一先生案がよいであろう。そもそも,帝国憲法第1条の「統治ス」は,井上毅の案では「シラス」となっていた。二千年来の歴史を有する天皇の地位を,たかだか数百年の歴史しかない「憲法」で表現することは不可能なのだ。だから,井上毅は「シラス」という古語を利用した。ただ,私は,憲法などというのは近代の産物だと割り切って,古語ではなく「統治」という概念を使用したほうが賢明だと思う。

 思うに,日本においては,「天皇が摂政・関白・征夷大将軍に政治・統治を委任する。」という形式の国体を維持してきた。これを現在の民主政治に当てはめると,「天皇が内閣総理大臣に統治を委任する(=任命がこれに該当する。)。」という形式をとるべきことになる。また,前述のとおり,天皇は単独で統治(=親裁)したりしないので,臣下の「翼賛」,「協賛」,「輔弼」等が必要となる。結局,佐々木惣一先生の案が良いと思う。

 理論的に言えば,以下のとおり。
①日本国の「統治権」は,天皇に「帰属」している(究極的には,天壌無窮の神勅に遡る。)。
②①の統治権の「行使」は,天皇が之を行う。
③②の統治権の「行使」は,「万民ノ翼賛」に基づく必要がある(南出喜久治先生がいうところの,「統治すれども親裁せず」の原則。天皇は,非常事態(例えば,大東亜戦争の終戦のご聖断はこれに該当する。)を除いて原則として「万民ノ翼賛」(例えば,法律案の作成・提出)に従って統治権を行使(例えば,立法権の行使)するのが慣習(=不文の憲法)である。)。
④「万民ノ翼賛」の「方法」は,憲法が之を定める(議会の議決,大臣の副署等)。

※補足:「主権」なる概念は全面的に排斥する
 ここで問題となるのが,「主権」という概念をどうするかである。一般的教科書によれば,「国民主権」には,「正当性の契機(=正当化原理)」と「権力的契機(=憲法制定権力)」の意味があるとされている。しかし,前者については,「天皇の権威=民のためという公の権威」であるから(日本においては,西洋のように「国王のため≠民のため」という発想はない。),「天皇主権」としても全然問題ない。また,後者については,そもそも,国民が憲法を制定するといっても(又は改正するといっても),全国民の一致等あり得ず,「特定の国民」(=通常は,選挙で選出された代表者,又は,国民投票での「多数決」)の意思に基づいて憲法制定権力は行使されるのであるから,「権力的契機」といっても,その内実は「民主政治(=要するに「国民の多数決」)」に過ぎない。民主政治を採用するのであれば,「主権」という意味不明な概念を持ち込む必要はない。思うに,「国民主権」は,実際は「多数決」に過ぎないのに,「国民全員で決める。」と幻想を抱かせるマジック・ワードであり,意味が不明であるにとどまらず,有害ですらある。
よって,全面的に排斥する。要するに,「万民ノ翼賛」の「方法」として「民主政治」が設けられていればよいのである。「国民主権だ!」等と絶叫する必要は全くない。そもそも,「国民主権」なる概念は,「国王主権=国王が絶対的権力を有する。=王権神授説」を前提としたうえで,国民が,国王をギロチンにかけ,国王から「主権=絶対的権力」を取り上げた,つまり,「国民が絶対的権力を有する。」とする野蛮な発想から生まれたものであって,我が国の君民共治の美風にそぐわない。そもそも,「絶対的権力」など認めないのが「立憲主義」=「法の支配」であって,国民主権は,立憲主義=法の支配を破壊するに至る,有害な理論なのである。
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