右派弁護士の備忘録

世界文化に対する過去の日本人の態度は、自主的にして而も包容的であつた。我等が世界に貢献することは、たゞ日本人たるの道を弥々発揮することによつてのみなされる。国民は、国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖らざる皇国の道とによつて、維れ新たなる日本を益々生成発展せしめ、以て弥々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならぬ。これ、我等国民の使命である。

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要件事実のお勉強2

参考文献:30講の総論部分

●民事訴訟で何をしているのか
 民事訴訟では、権利(正確には権利義務または法律関係)の存否を判断している(確認という意味ではない。)。しかし、権利は目に見えない。権利は人間の観念の産物だからである。そのため、事実を使って権利を見えるようにしよう、ということになる。例えば、ある事実の存否が確認できれば、ある権利は存在している等と判断することになる。

●所謂「近代法」の構造
 近代法は、「要件」と「効果」から構成されている。要件の中に十分な事実を放り込むと、効果から権利が飛び出してくる。自動販売機である。

証拠を提出して調べる

要件に該当する事実の存否を判断する

十分な要件に該当する事実の存在が確認できる

効果の発生を確認する

こんな感じである。

●要件事実の振り分け
 ここで、要件に該当する事実はすべて原告側が主張・立証しなければならない、とはなっていない(なお、主張責任と立証責任は一致するものとして考える。)。例えば、所有権の存否を考える。今自分に所有権があるためには、どのような事実が必要なのだろうか。要件事実的発想を捨てて考えると、①所有権を取得した原因となる事実の存在及び②所有権を喪失する原因となる事実の不存在、ということになるのではなかろうか(私見)。
 しかし、原告は①と②の両方の事実を主張・立証しなければならないとは考えられていない。①だけ、というのが定説だろう。要するに、①の事実の存否だけで、権利の発生が認められているのである。②の事実の存否は、考えていない。

●権利関係不変の公理
 事実には、①権利を発生させる事実、②権利を消滅させる事実、③権利の発生を阻止する事実、④権利行使を一時的に阻止する事実がある。そして、権利行使が認められるには、①の事実が存在し、②から④の事実が存在しないことを主張・立証しなければならないとも思えるが、そうではなく、①の事実が存在することを主張・立証すれば、その後②から④の事実の存在が主張・立証されない限り、権利は「一応」発生したものとして扱われる(これを、権利関係不変の公理という。)。いつの時点か。これは、事実審の口頭弁論終結の時点である。
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