右派弁護士の備忘録

世界文化に対する過去の日本人の態度は、自主的にして而も包容的であつた。我等が世界に貢献することは、たゞ日本人たるの道を弥々発揮することによつてのみなされる。国民は、国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖らざる皇国の道とによつて、維れ新たなる日本を益々生成発展せしめ、以て弥々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならぬ。これ、我等国民の使命である。

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高乗正臣「憲法改正論の系譜」(論文の引用)

(1)八月革命説 論外なので引用せず

(2)改正説 論外なので引用せず

(3)無効論
 ア 内容
 「井上孚麿教授」「、相原良一教授」「などによって唱えられた説である。
 この立場は、改正の時期や方法などを理由として現行憲法が無効であることを主張する。まず、第一に、帝国憲法が改正された時期はわが国の国家統治の権限が連合国最高司令官に従属している時期、すなわち国家の統治意思の自由のない時期になされたこと、第二に、現行憲法の成立過程の全般にわたって占領軍による「不当な威迫、脅迫、強要」が存在したこと、さらに第三に、帝国憲法の改正は、占領者は絶対的な支障がないかぎり占領地の現行法を尊重すべきことを明記するハーグ陸戦法規(一九○七年)に違反していること、などを根拠に現在も現行憲法は無効であるとする。
 これとは論拠を異にする見解に、小森義峯教授の「非常大権説」「」がある。この立場は、ポツダム宣言の受諾と現行憲法の成立を、帝国憲法三一条に定める天皇の非常大権の発動として説明する。つまり、ポツダム宣言の受諾は天皇の非常大権の発動によってなされたものであるから、それを原点として成立した現行憲法は「暫定基本法」としての性格を有するに過ぎず、「憲法」としての性格を有しない。憲法としては、占領期間中といえども、あくまで「大日本帝国憲法」が厳存した。ところで、帝国憲法は占領下では「仮死」ないし「冬眠」の状態にあったが、占領解除の時点において「法理上当然に非常大権の発動は解除され、帝国憲法は完全に復原した」とする。教授によれば、今日でも憲法としてはあくまで帝国憲法が厳存しており、日本国憲法は帝国憲法に矛盾しない限りにおいてのみ「基本法」として有効であるという。」
 イ 批判
 「戦後五十余年間、今日に至るまで、日本国憲法という法典が存在し、それが現実に法的拘束力をもって機能しており、大多数の国民がこれを承認しているという厳然たる事実が存在する。現実に拘束力をもっている法規範がなにゆえに効力がないのか。無効論に投げかけられる疑問は、むしろこの点にあるといえる。この無効論の弱点は、そのまま「復元改正」論や「無効破棄」論の弱点となろう。」

(4)占領管理法説
 「竹花光範教授の立場がこれである」「。
 まず、竹花教授は、ポツダム宣言および降伏文書に基づいて行われた占領軍の日本統治は、間接統治の方式によったが、占領期間中、日本の主権が連合国最高司令官の手にあったことは明らかだとする。すなわち、占領下においては「占領軍の意思」が実質的には最高規範であり、最高司令官の指示が憲法に優越したから、それが憲法の規定と矛盾するときは憲法の効力が停止する状態となった。そうだとすれば、ポツダム宣言の受諾により、帝国憲法はその法的性格を変えたと解さねばならない。つまり、帝国憲法は、占領軍の占領施策に不都合でない限りにおいて有効であるにすぎないものとなった。いわば、帝国憲法は一種の「占領管理法規」に変質したとする。
 さらに、教授は、憲法が国家の最高法規といえるのは、国家の法秩序の中で最高の強制力を有するからであって、強制力の最高性が失われた法規が「憲法」であるはずがないという。日本国憲法の成立過程も「占領管理法」となつた帝国憲法を全面的に改めるという方式で行われたということになる。
 では、このような過程で成立した日本国憲法の性格はどのように考えるべきか。教授は次のように述べる。憲法は、主権すなわち憲法制定権力を行使して作られ改められるべきものである。憲法改正権は、憲法に定められた条件の下にその行使が義務づけられている憲法制定権と考えてよい。したがって、主権なくして(占領下に)憲法の制定も改正もあり得ないということになる。とすれば、「日本国憲法」なるものは、名称は「憲法」であっても、実体はポツダム宣言受諾後の帝国憲法と同様、占領軍がわが国を占領統治するための基本法、すなわち「占領管理法」だといわざるを得ない。」

(5)高乗正臣氏の自説
 「これまで見たように、八月革命説と改正説には事実に反するという欠陥があり、無効論にも理論上の難点がある。このことは、主権を否定された占領下に、占領軍の威圧、強制によって成立させられた現行憲法の法的性格を合理的に説明することが、いかに至難の業であるかを、間接的に証明するものである。
 これらに対して、現行憲法を占領管理法として位置づける見解が比較的妥当な考え方といえよう。
 ところで、ポツダム緊急勅令等の一般の占領管理法は、占領の終了時に失効したものとして廃止の手続がとられたが、日本国憲法のみは廃止の手続がとられずに、その後は最高法規としての効力をもち続けた。この点をどのように考えるかは問題であろう。
 竹花教授が指摘されるように、天皇を含む日本国民が日本国憲法に対して「憲法」としての黙示の承認を与えたと見れば、昭和二七年四月の独立回復時に、日本国憲法は法的性格を変えて主権国家日本国の正式の「憲法」となったといえよう。この立場からすれば、日本国憲法の改正は九六条の規定に基づいて「補修的改正」を行うことが筋ということになろう。しかし、国民による明示の承認がないことを重視して、あくまで占領管理法としての日本国憲法が今日まで継続施行されていると解すれば、国会においてこれの廃止措置を講じた後、新たに「自主憲法制定」に進むことが筋であろう。」

※一番良い部分
「憲法の正統性を論ずる際、成立過程の事実を無視ないし軽視して、成立した憲法の質や内容を問題とする「結果本位、実益本位」の考え方は、結果さえよければ植民地支配さえ正当化するという不当なものである」。
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