右派弁護士の備忘録

世界文化に対する過去の日本人の態度は、自主的にして而も包容的であつた。我等が世界に貢献することは、たゞ日本人たるの道を弥々発揮することによつてのみなされる。国民は、国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖らざる皇国の道とによつて、維れ新たなる日本を益々生成発展せしめ、以て弥々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならぬ。これ、我等国民の使命である。

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帝国憲法改正について

◆憲法改正案 (乙案)
第一条
(A案)(第一条)日本国ハ万世一系ノ天皇「統治権」ヲ総攬シ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ之ヲ行フ
(第四条)削除

(B案)(第一条)日本国ノ「統治権」ハ万世一系ノ天皇之ヲ総攬シ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ之ヲ行フ
(第四条)削除

(C案)(第一条)日本国ハ君主国トシ万世一系ノ天皇ヲ以テ君主トス
(第○条)天皇ハ「統治権」ヲ総攬シ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ之ヲ行フ

(D案)(第一条) 日本国ハ万世一系ノ天皇之ニ君臨ス
(第○条)天皇ハ「此ノ憲法ノ条規」ニ依リ「統治権」ヲ行フ

◆佐々木惣一先生改正案
1から4条は,護持。5条を追加。

天皇「統治権」ヲ行フハ「万民ノ翼賛」ヲ以テス
「万民ノ翼賛」ハ「此ノ憲法ノ定ムル所ノ方法」ニ依ル

◆私見
「君臨すれども統治せず」を表現したいのであれば,乙案のD案が優れている。もっとも,日本国では「統治すれども親裁せず」(南出喜久治先生)という原則だと考えると,佐々木惣一先生案がよいであろう。そもそも,帝国憲法第1条の「統治ス」は,井上毅の案では「シラス」となっていた。二千年来の歴史を有する天皇の地位を,たかだか数百年の歴史しかない「憲法」で表現することは不可能なのだ。だから,井上毅は「シラス」という古語を利用した。ただ,私は,憲法などというのは近代の産物だと割り切って,古語ではなく「統治」という概念を使用したほうが賢明だと思う。

 思うに,日本においては,「天皇が摂政・関白・征夷大将軍に政治・統治を委任する。」という形式の国体を維持してきた。これを現在の民主政治に当てはめると,「天皇が内閣総理大臣に統治を委任する(=任命がこれに該当する。)。」という形式をとるべきことになる。また,前述のとおり,天皇は単独で統治(=親裁)したりしないので,臣下の「翼賛」,「協賛」,「輔弼」等が必要となる。結局,佐々木惣一先生の案が良いと思う。

 理論的に言えば,以下のとおり。
①日本国の「統治権」は,天皇に「帰属」している(究極的には,天壌無窮の神勅に遡る。)。
②①の統治権の「行使」は,天皇が之を行う。
③②の統治権の「行使」は,「万民ノ翼賛」に基づく必要がある(南出喜久治先生がいうところの,「統治すれども親裁せず」の原則。天皇は,非常事態(例えば,大東亜戦争の終戦のご聖断はこれに該当する。)を除いて原則として「万民ノ翼賛」(例えば,法律案の作成・提出)に従って統治権を行使(例えば,立法権の行使)するのが慣習(=不文の憲法)である。)。
④「万民ノ翼賛」の「方法」は,憲法が之を定める(議会の議決,大臣の副署等)。

※補足:「主権」なる概念は全面的に排斥する
 ここで問題となるのが,「主権」という概念をどうするかである。一般的教科書によれば,「国民主権」には,「正当性の契機(=正当化原理)」と「権力的契機(=憲法制定権力)」の意味があるとされている。しかし,前者については,「天皇の権威=民のためという公の権威」であるから(日本においては,西洋のように「国王のため≠民のため」という発想はない。),「天皇主権」としても全然問題ない。また,後者については,そもそも,国民が憲法を制定するといっても(又は改正するといっても),全国民の一致等あり得ず,「特定の国民」(=通常は,選挙で選出された代表者,又は,国民投票での「多数決」)の意思に基づいて憲法制定権力は行使されるのであるから,「権力的契機」といっても,その内実は「民主政治(=要するに「国民の多数決」)」に過ぎない。民主政治を採用するのであれば,「主権」という意味不明な概念を持ち込む必要はない。思うに,「国民主権」は,実際は「多数決」に過ぎないのに,「国民全員で決める。」と幻想を抱かせるマジック・ワードであり,意味が不明であるにとどまらず,有害ですらある。
よって,全面的に排斥する。要するに,「万民ノ翼賛」の「方法」として「民主政治」が設けられていればよいのである。「国民主権だ!」等と絶叫する必要は全くない。そもそも,「国民主権」なる概念は,「国王主権=国王が絶対的権力を有する。=王権神授説」を前提としたうえで,国民が,国王をギロチンにかけ,国王から「主権=絶対的権力」を取り上げた,つまり,「国民が絶対的権力を有する。」とする野蛮な発想から生まれたものであって,我が国の君民共治の美風にそぐわない。そもそも,「絶対的権力」など認めないのが「立憲主義」=「法の支配」であって,国民主権は,立憲主義=法の支配を破壊するに至る,有害な理論なのである。

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井上孚麿

「思い出の一つ」

「本稿が出来て,配布も完了してからのことであったが,GHQからプレスコードなるものを送って来た。それによると,これから出版するものは勿論,すでに出版したものであっても,出版物は,すべて届け出るようにとのことであった。それで手許に残っておったものを提出した。提出はしたけれど,いつ迄待っても何の音沙汰もない。その頃は葉山に仮寓中であったので子供を二・三度も取り戻しにやったけれども,一向要領を得ぬので,自分で出かけて行った。場所は第一ホテルの西北,第一生命の東北,戦時は関東配電かの建物の二階かであったと思う。出て来たのは,所謂二世であったと思う。国語で苦労せずに話せたから。肩章は中尉であったと思う。
 提出した本の二・三倍の分厚さの紙に横文字で書いたものも,原本に重ねて来たところを見ると,兎に角一応は翻訳して見たらしい。彼曰く。『司令官は憲法を改正せよといっておるのに,この本では改正を必要とせぬと主張しておるので,占領政策違反だから,発行を禁止する』。それに『ポツダム宣言を誤解しておるから不都合だ』とのこと。
 答えて曰く。『司令官は改正せよといっては居らぬ。改正問題に就いては,日本側の自由にする。それで日本人は何でも自由に発言せよといっておる。それだから余の発言を占領政策違反というのは当らぬ。それからポツダム宣言の解釈が間違っておるのは,どこどこか承りたい。これからも余は,機会ある毎にポツダム宣言はこうこうだというつもりだから,間違ったことをいってはすまぬから。』といったら『どこもかも間違っておるから,どこそこと指摘するわけには行かぬ』ということであった。最後に『その本は返して貰いたい。手許には一冊もないから』といったら『発行禁止になったものを返すわけには行かぬ』と,これは尤も至極のことをいった。余はそのまま引き下がった。」

(井上孚麿『井上孚麿憲法論集』(神社新報社,1979)337-338頁)現代仮名遣いで引用。


占領憲法有効論のペテン学者は,
このような言論統制下でなされた憲法改正について,
多くの国民が支持したなどという戯言を弄する。
全く馬鹿馬鹿しい。
又,当時は,公職追放が荒れ狂っていた。

それでも有効というなら,それでもいい。こちらとしては,自衛隊にクーデターを起こしてもらい,所謂護憲勢力の出版物は発禁処分とし,サヨクは公職追放した上で,憲法改正してやる。
占領憲法有効説の皆様方の理論に従えば,このような憲法改正も有効となる。それは違うと言うなら,ただのダブルスタンダードの卑怯者ということ。



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大石義雄

“大日本帝国憲法は,現憲法から見れば旧憲法である。しかし,社会は刻々として変る。占領目的達成の手段として作らされた憲法も,いつまでもつづくといふわけにはゆかないのであり,いつかは変らなければならないだらう。その時は,大日本帝国憲法の根本精神が新憲法の名においてよみがへって来るだらう。この意味において,大日本帝国憲法はこれからの日本の進路を示す光として今も生きているのである。”
大石義雄「跋文」明治神宮編『大日本帝国憲法制定史』(サンケイ出版,1980)878頁

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児島襄

“(前略)「大日本帝国憲法」の作成と制定の主導権は日本側にあったし,内容も日本特有の「天皇制」を土台にしていた。その意味では,「大日本帝国憲法」はいわば“和魂洋才”的な性格であり,(中略),完全な“洋魂洋才”の「日本国憲法」とは,性格がちがっている。松本烝治国務相,佐々木惣一博士をはじめ,当時,憲法改正にたずさわった日本側関係者が,ひとしく心底に抱き,やがて総司令部草案に反撥したのも,この憲法における“和魂”が無視された点にあった。“
児島襄「史録 日本国憲法」(文藝春秋,S47)377頁以下

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小山常美

“仮に,暴力革命やクーデターで政権交代が行なわれ,新しい憲法が制定されたとしても,この無法な憲法に対して,「日本国憲法」は論理的に対抗できないことに注目されたい。(中略)いや,それどころではない。「日本国憲法」を有効と位置づけているならば,外国との戦争に再び敗れて再び憲法を押し付けられても,その憲法を拒否することはできなくなるのである”
小山常美『「日本国憲法」無効論』(草思社,2002)247頁

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平泉澄

“日本国を今日の混迷より救うもの,それは何よりも先に日本の国体を明確にすることが必要であります。而して日本の国体を明確にしますためには,第一にマッカーサー憲法の破棄であります。第二には明治天皇の欽定憲法の復活であります。(中略)憲法の改正はこれを考慮してよいと思います。然しながら改正といいますのは,欽定憲法に立ち戻って後の問題でありまして,マッカーサー憲法に関する限り,歴史の上よりこれを見ますならば,日本の国体の上よりこれを見るならば,改正の価値なし,ただ破棄の一途あるのみであります。”
(平泉澄『先哲を仰ぐ』(錦正社,H10)329頁以下,常用漢字及び現代仮名遣いに変更して引用)

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佐々木博士占領憲法反対演説

○佐々木惣一君 私は帝國憲法改正案反對の意見を有する者であります、此の私の意見を我が貴族院の壇上に於て述べますことは、私に取つて實に言ひ難き苦痛であります、今日帝國憲法を改正することを考へること其のことは、私も政府と全く同じ考でありまするが、唯、今囘提案の如くに改正することは、私の贊成せざる所であります、冐頭、私が帝國憲法改正案に對しまして、贊否を決するに當つて如何なる點に標準を置くかと云ふことに付て一言致します、次の二つのことを考へる必要があります、其の一つ、今囘の改正案は、改正とは申しまするけれども、憲法中の一部を特に定めて改正せむとするのではありませぬ、其の全部に亙つて改正せむとするのであります、改正の名の下に新制定をなさむとするのであります、故に其の案全體の是非を判斷するに當つては、改正案の規定中、特定の或ものだけを取上げて見ても、決して適正なる結果を得ることは私には出來ませぬ、改正案の規定を全部を關聯せしめて見て、其の改正案の規定せむとする事項の輕重を考へるの外はないのであります、我が國として重んずべきものが捨てられますならば、他のものに採るべき點がありましても、改正案全體としては之を不可とせざるを得ないと信ずるのであります、其の二つ、今囘我々が帝國憲法の改正を考へると云ふことは抑抑如何なる必要に依つて生じたことでありませうか、それは要するに次のことに歸著致します、我々は最近の經驗に徴して、將來の活動に付て痛切なる要求を持つに至りました、即ち我が國は終戰前迄執つて居た所の軍國主義的、極國家主義的の誤れる態度を捨てて、平和主義的、道義的の正しい態度を執り、人類の幸福を増進することを使命とせなくてはならない、此の使命を達するが爲には、先づ國家の活動に於て破壞されて居る「デモクラテイック」體制、即ち民意主義體制を復活強化しなくてはならぬ、次に國民の自由が實際に尊重され、其の基本的人權が確保されなくてはならぬ、民意主義的體制の復活強化と國民の自由の實際の尊重とに依り、近年の如く軍國主義的、極國家主義的の傾向を持つ者が政治を擔當すると云ふ事實の再び現れて來る餘地をなくしなくてはならぬ、是が我々の痛切なる要求であります、斯う云ふ考は我々國民自身の間に起つたのでありまするが、是は當然のことであります、加ふるに敗戰して受諾しました彼の「ポツダム」宣言が巖肅に之を命じて居るのであります、即ち右に述べました要求は、内外の事情から我々が今痛切に感じて居る要求なのでありまして、我々は此の要求を滿す爲に適當なる活動を爲さなければなりませぬ、然るに此の要求を滿す爲の適當なる活動は、現在の儘の帝國憲法の下では十分に行ふことが出來ない、そこで帝國憲法の改正と云ふことを考へたのであります、以上述べました所を結んで申せば、今帝國憲法の改正を爲すと云ふことに付ては我々の今後の活動上の要求、詳しく言へば民意主義體制の復活強化と國民の自由の實際上の尊重、而して之に依り軍國主義的、極國家主義的の傾向を有する者の政治擔當と云ふ事實の再現を防止すると云ふ要求を滿す爲に必要な改正であると云ふことを忘れてはならぬのであります、故に或は此の必要に應ずることの出來る現在の規定を變更したり、或は此の要求に應ずることの出來ぬ規定を新設したりすることは、今囘の帝國憲法の改正に於ては努めて避くべきことであります、右の如き見地に立つて私は今囘の帝國憲法改正案に付て討究し、且政府の説明を聽き、又政府に質疑し、其の結果、帝國憲法改正案を全體として見て不可と斷定するに至つたのであります、頗る遺憾に存じます、其の理由の主なるもの次の通りであります、第一、我が國の政治的基本性格は之を變更してはなりませぬ、帝國憲法改正案に依れば、我が國の政治的基本性格が變更せられます、又此の政治的基本性格の變更の結果として、我々が政治的活動を爲す上に必要なる諸種の事項にも變更を及すと云ふ派生的影響を齎すのであります、凡そ國家にはそれぞれ政治的性格があつて、其の性格を成す事實は色々あるのでありまするが、其の中に、それあるが故に其の國家であると、其の國家の一般國民が思つて居るものがあるのであります、是が即ち其の國家に取つては政治的基本性格であります、でありまするから、其の政治的基本性格とするものが變更するならば、其の國家は政治團體としての本質に於ては變更するのであります、是は政治團體としての本質に付て言ふのであつて、國内法上とか、又は國際法上とかに於て同一の人格であるかないか、さう云ふやうな法理構成の問題ではないのであります、我が國家に於きましては、今日迄、天皇と申す特定の御一人が國家の意思力、即ち統治權を總攬して、詳しく申しますれば國家意思を統べ括つて其の源泉となつて居られるのであり、さうして其の御一人が天皇として國家統治權を總攬する地位を有せられて居ると云ふことの根據は、唯其の御一人が萬世一系の特定の血統に出でさせられて居ると云ふこと、其のことにあるのであります、其の他のことが根據となつて居るのではありませぬ、殊に國民が其の意思に依つてさう云ふ地位に就かるることを認めると云ふやうなこと、即ち國民の意思に基くと云ふことが其の根據となつて居るのでは斷じてありませぬ、此のことが我が國柄を示すものとして、別の言葉で我が國の國體と申されて居るものであります、國體と云ふ言葉は今日色々の場合に用ひられて居りますが、政治的性格を示すものとして用ひられる場合には、統治權を總攬する者が何人であるかと云ふ面から見た國家の國柄を申すのであります、勿論世界の國家國家に就て見なくてはなりませぬ、我が國家に就て見まする時は、前述の如く萬世一系の血統に出でさせられたる御一人が唯其の故に國家統治權を總攬せらるると云ふことが、我が國の即ち政治的基本性格であるのであります、此の我が一般國民の意識が成文法となつて居る所のものが、實に帝國憲法でありまして、其の第一條に「大日本帝國は萬世一系の天皇之を統治す」、第四條に「天皇は國の元首にして統治權を總攬し」とあるのであります、然るに帝國憲法改正案は右の定めを變更せむとするものであります、先づ改正案では、天皇が國家統治權を總攬せられると云ふことを廢止せむとするのであります、即ち改正案第四條第一項には「天皇は、この憲法の定める國事に關する行爲のみを行ひ、國政に關する權能を有しない。」と規定し、第七條に「天皇は、内閣の助言と承認により、國民のために、左の國事に關する行爲を行ふ。」として一號乃至十號に其の事項を列記して居ります、固より本條の外にも第六條、第九十六條等に、天皇の行爲に依り行はれる事項をも示して居りますが、要するに此の憲法改正案に依りますると云ふと、天皇は特に示された小數の國事に關してのみ行爲を行はせらるるの權能を有せらるることに相成るのであります、其の場合に於きましても、其の特に示されたる行爲は多くは國務の實質に觸れざる形式的の、儀禮的のものであります、即ち天皇が統治權を總攬せられると云ふことは、改正案に依りますると云ふと、先づ全く止まると申して宜いのであります、どうして斯う云ふ風に止めてしまふ必要があるのでありませうか、私には全く理解出來ないのであります、(拍手)次に改正案第一條には「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であつて、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。」とあります、今天皇が象徴であると云ふやうなことも、法の規定の上に用ひることは私は贊成致しませぬが、併し此處では其の問題は暫く止めて置きます、改正案に依りますれば、天皇の地位が今述べましたる條項に示して居りまするが如く「主權の存する日本國民の總意に基く。」とせられて居るのであります、是は天皇が其の地位にあらせられると云ふのは、國民の意思に依つて認めるからであるとせられて居るのであります、今日特に定まれる所の萬世一系の血統に出でさせられること、其のことの故に其の地位にあらせられるとするのとは雲泥の差異があるのであります、でありまするから、帝國憲法改正案が、天皇の統治權總攬者たるの地位を廢止し、又天皇の地位を國民の意思に基くとすることは、即ち我が國の政治的基本性格を變更するものであるのであります、抑抑或御一人が天皇であると申すのは、其の御一人が前述の如く、萬世一系の出であるの故に統治權を總攬せられると云ふ性質を有せられることを指して言ふのであります、其の性質の如何に拘らず、唯天皇と云ふ名稱を有せられたらそれで宜いと云ふのでは斷じてありませぬ、改正案の如くでありますれば、依然として天皇と申しましても、其の實は失はれて居るのであります、正確なる意味での天皇制は茲に廢止に歸せむとするのであります、(拍手)右の我が國の政治的基本性格たる事實は、今日迄我が國に於て最大の價値が置かれて居る所の事實でありまして、此の事實は外の言葉で國體と呼ばれて居る事實であります、尤も此の事實が國體と呼ばれて居ると言ひまするのは、我が國朝野に於て一般に呼ばれて居ると云ふことであります、國家の法制が右の事實を意味するものとして國體と云ふ言葉を用ひて居りますし、裁判所も法制を適用する場合に、さう云ふ意味に解釋して居ます、又從來、政府、立法府、教育機關等が爲し來つて居りまする所の幾多の措置に於て、或は國體の明徴と云ひ、或は國體の擁護と云ひ、或は國體の尊嚴と云ひ、或は國體の觀念と云ふ如き言葉を用ひて居りまする場合には、其の所謂國體は皆右に述べた意味であるのであります、加之、同じ意味で一般世間も其の言葉を用ひて居ることは疑ありませぬ、さうでありまするから、さう云ふ意味の國體と云ふ言葉は、一部の人々、殊にまあ政府の中の或方も言はれるが如く、學者が學問上の説明を爲す場合、説明の便宜上用ひるものに過ぎぬと云ふやうなものでは斷じてないのであります、それは今日社會通用の語でありまして、學問上の術語と云ふやうなものではないのであります、斯う云ふ意味の國體たる事實は、前述べました如く、今囘の改正案では變更するのであります、此の變更と云ふことに付きましては、政府は私共の質疑に答へまして、當初は變更を否定するかの如き口調を取つて言はれたのでありまするが、後には之を改めまして、肯定するの意、變更を肯定するの意を明言されるに至つたのであります、處で、右の國體たる事實が變更すること、即ち萬世一系の天皇が統治權を總攬せられると云ふ事實がなくなると云ふことは、我が國に於きましては實に重大な問題であります、何故でありまするか、只今も申しました如く、一般國民は古來、右の事實に最も大なる價値を置いて政治生活乃至一般社會生活を爲して居るのでありまするから、今之を變更するのは一般國民に右の變更を望むと云ふ意識があつて、而して其の意識が平靜なる社會事情の下にあつて最も明白に、又最も眞に實質的に表示せられた場合でなくてはなりませぬ、さうして、さう云ふ一般國民の最も明白な、又眞に實質的の意識の表示は、今日決して存在して居ませぬ、我々國民の右の如き意識は傳統的のものでありまして、一種の國民的感情と申して宜いのでありまするから、今國家の制度を考へるに當りましては、之を尊重しなくてはならないのであります、凡そ國家の制度を工夫する場合には、理性に依つて判斷すべきであつて、感情に馳すべきでないと云ふことは勿論であります、が國家の制度を工夫する場合に、工夫する者が國民の傳統的感情を尊重すべきであると云ふことは、是は理性であるのであります、感情ではないのであります、それ故に今日我が國民の間に國家の政治的基本性格、即ち國體と呼ばれて居る事實に價値を置くと云ふ傳統的感情があるから、其の感情を尊重して制度を立てると云ふことは、制度を工夫する者にあつては理性的判斷なのであります、然るに今囘の帝國憲法改正案に於きましては、傳統的の國民感情を顧みず、國體の事實を變更せむとするのであります、反對せざるを得ませぬ、第二、天皇への協力機關の徹底的改革を行ふことを超えて、政治的基本性格たる國體の變更に進むことは不必要であります、帝國憲法改正案に依りますれば、右の不必要のことが行はれるであります、現在の帝國憲法に依り、天皇が統治權を總攬せられると云ふことは、天皇が具體的の個々の事項に付て統治權を獨斷的に行はせらるると云ふことではないのであります、立法、司法、行政の三作用に付て、皆それぞれ憲法所定の協力機關がありまして、天皇に協力するのであります、又各各の協力機關が天皇に協力するに當りましても、任意に氣紛れにするのではありませぬ、政治に付て國民の意思が尊重せられるやうにし、又責任が明かにせられるやうにすることとなつて居ます、唯併し協力機關に關する帝國憲法の規定には不備の點がありまするし、又其の規定の解釋や運用に誤りがありましたので、政治の結果が國家の不利益となつた事例は尠くありませぬ、最近の且最大の例は皆さん御存じでありまする通りに、我國を今日の悲慘なる状態に陷れました彼の軍部の行動であります、軍統帥は帝國憲法上國務であるにも拘らず、軍部は國務でないとして政府の參與しないものとして取扱つて來ました、又陸海軍大臣が現役軍人であり、又軍三長官の推擧に依らなければならぬとするやうなことを致しました結果、其の選任に付て政府の參與を拜除することに相成つたのであります、又此の間にあつて、軍部以外に於て、政府は勿論、殘念ながら立法府たる帝國議會も毅然たる國家的の態度を始終執り來つたものとは申されないと思ふのであります、今日朝野國民が口を極めて非難して居りまする彼の戰爭が行はれましたのは、實に天皇へ協力機關が協力の方法を誤つたことの結果であります、天皇が統治權を總攬せられて居たと云ふことの結果では斷じてありませぬ、故に一般に政治の結果を適正ならしむる爲には、天皇が統治權を總攬せらる、と云ふことを廢止すべきものではなく、天皇への協力機關を其の構成及び其の協力の仕方に於て徹底的に改革すべきであります、其の改革の目標は協力機關が國民の眞の意思を能く政治に通達するやうにし、又其の行動に付て國民に對して責任を有し、從つて國民から其の責任を問はれるやうにすることであります、此の點に於きましては、現在の帝國憲法の規定や其の運用には滿足出來ぬものがあり、帝國憲法改正案は之を良きやうに補正して居ります、此の點に於きまして、帝國憲法改正案の條項に私は贊成するものがあるであります、例へば改正案に依りますれば、其の第六十七條、第六十八條に、内閣總理大臣及び他の國務大臣の過半數は國會の議員より任用することを明かに規定して居りますが、是は法制上の議會内閣制度であります、法制上の議會内閣制度が宜いか、又は運用上の議會内閣制度が宜いかはそれ自身問題でありまして、私は運用上の議會内閣制度とすることが、彼の「イギリス」の制度の如くすることが宜いと思ひますが、併し今はそれは別の問題であります、兎に角詰り内閣の構成に付ても國民の意思と云ふものが尊重せらる、と云ふことに相成りまするのは、是は現行帝國憲法の運用の場合よりも明かに宜いと思ふのであります、併し現在の帝國憲法の下に於きましても、運用上の議會内閣となる傾向があつたのでありまするけれども、戰時中是が中絶致しまして、終戰後皆樣御存じの通りに、其の運用上の議會内閣制度が復活致しまして、現に此の内閣が其の運用上の議會内閣制度に近いものと見られるのであります、又例へば國民が責任を問ふと云ふことに付きましては、今囘の改正案では第六十六條第二項に「内閣は、行政權の行使について、國會に對し連帶して責任を負ふ。」と明かに規定して居ります、是は良い改正の一つと私は考へて居ります、併し唯是も實は現行帝國憲法の正當なる解釋に依りますれば、當然に認めらるる所であつたのであります、然るにも拘らず、實際家及び之に追從する一部の學者が即て議會に對する所の政府の責任と云ふやうな問題を曖昧にして來つたのであります、まあ其の誤りは兎に角と致しまして、今囘の改正案がはつきりと其のことを規定して居りますのは、私は此の點に於て贊成する者であります、で斯かる點から見ますれば、此の帝國憲法改正案の目標には大體正しいものがあると思ひます、併しそれは協力機關の協力の方法を改正すると云ふことに付て申すのであります、天皇の統治權總攪者たるの地位を廢止すると云ふやうなこととは、毛頭關係ありませぬ、元來天皇が統治權を總攬せられると云ふことと、具體的の個々の事項に付て其の總攬せられて居る統治權を行はせられると云ふこととは、全く別々のことであります、個々の事項に付て統治權を行はせられることを大權と申します、故に統治權と云ふのは是は單一のものでありまして、大權は色々のものがあるのであります、其の大權の發動に付て、協力的機關が協力するのであります、其の個々の大權の發動に協力することに付て、國民の意思が最も能く政治に通逹せられるやう、又政治に付て國民から責任を問はれるやう改正することは必要であります、併し是は天皇の統治權を總攬せられること、即ち國體たる事實を變更することとは何等關係はないであります、斯くの如き方面から國體の事實を變更すると云ふことは、何等必要はありませぬ、今囘の帝國憲法改正案に依りますれば、右の不必要のことを行はむとするものであります、反對せさるを得ませぬ、第三、天皇に特殊の重大天職の存すると云ふことを見落してはなりませす、帝國憲法改正案に依りますれば、此の事が見落されて居ります、天皇は統治權を總攬せられて居ますが、具體的の個々の事項に關して統治權を行はせられる場合には、大體に於きまして協力機關の進言する所を御採納あらせらる、のでありまして、御自身のみの御判斷に依つて御決定になることはありますまい、併し何等かの事情に依りまして、御自身の御判斷に依つて御決定にならなくてはならぬことがないとは申せませぬ、其の實例は現に昨年終戰の場合に、我々が目撃した所ではありませぬか、天皇への協力機關は皆判斷し得ず、遂に天皇の御裁斷を仰いだのでありまして、其の結果終戰の御決定があつたのであります、若しあの時にあの御裁斷が下らなかつたならば、國内の状況は果して如何樣に相成つたでありませうか、想像するだに戰慄する次第であります、(拍手)斯かることは滅多に起らぬことでありまするけれども、併しながら其の滅多に起らぬことが大切なのであります、且それが起ることがあると云ふことが、右に述べました如く經驗上我々に實證されたのであります、戰爭と云ふやうなことに是は限りませぬ、凡そ重大なる事情が存して、而も協力機關の力盡き、行き詰ることがある場合に、前述の如き國内の收まり、決定をなすの力が何處かに存して居ると云ふことが必要なことであります、憲法改正案に依りますれば、斯くの如き力が決して法的秩序の上では存在して居ないのであります、其の結果は勢ひ所謂實力の對抗に依つて事實的に決定せられると云ふことにならざるを得ないかも知れませぬ、社會的混亂に陷るの虞がないと何人が保證し得るのでありませうか、斯う云ふ場合に天皇の御裁斷に依つて決定せられると云ふ結果の生じまするのは、實は單にそれが統治權の總攬者の活動であると云ふことからではなく、天皇の統治權の……何人が統治權であつても宜いと云ふのではない、天皇の統治權の總攬者としての活動であるからであります、天皇は政治に於て如何なる場合にあつても、一に國家國民の利益のみを念とせられ、其の個人的感情、利害に依つて動かされ給はぬと我々國民は信頼し奉つて居るのであります、それでありまするから、已むを得さる場合に天皇の御判斷のみに依つて決定されても國内は收まるのであります、是は國民の心理的作用でありまして、單なる法的の作用及び實力の作用ではありませぬ、天皇の活動であつて始めて爲すことの出來る作用なのであります、斯くの如きことは獨り戰爭の場合に限らず、如何なる場合にそれの必要がないとは斷言出來ませぬ、斯くの如き力を心理的に持つて居る方が、何れの國家にもあるとは言はれないのである、我が國は幸にして斯くの如き力を御持ちになつて居る方が現にあるのであります、それを何故に廢止するのであるか、斯う云ふ風に考へて見なければならぬと思ふのであります、斯く考へ來りますると云ふと、斯かる場合に天皇が御持ちになつて居りまする所の力、從つて其の力に依つて御盡しになりまする所の天皇の特殊の重大なる御職分と云ふものがあるのでありまして、此の職分と云ふものは實に我々國民生活の實際に重大なる關係を持つものであります、斯かる天皇に特殊の天職の存することを見落してはならないのであります、今囘の帝國憲法改正案に依れば、右のことが見落されて居ります、反對せざるを得ませぬ、第四、天皇を政治に關して無能力の者と定むることを以て天皇に責を歸し奉らぬことであると誤解してはなりませぬ、帝國憲法改正案に依れば、斯かる誤解がなされて居ると思ひます、天皇が國家の政治に關與されることから責を負はせらる、やうなことがあつてはならぬと云ふことは、改めて申す迄もありませぬ、是は天皇が君主であると云ふことに付て我々國民が皆持つて居る感情であります、併し此のことから天皇が政治に關與し得る地位を有せられてはならぬと云ふことにはならないのであります、右の天皇に責を歸し奉らぬと云ふ感じは、天皇と云ふ特定の人に對して我々國民の持つ感情であります、其の感情は天皇が政治に關與あらせらんないと云ふことから生ずるのではありませぬ、天皇が政治に關與せられぬと定むることは、天皇を政治に關して意思を活用し得ないもの、即ち政治無能力とするものであります、政治に付て或人が意思活用し得ぬとするのは、政治に關する限りは意思を有する人間と取扱はず、意思を有せざる物と一般に取扱ふことになるのであります、我々は天皇を神と見奉つてはなりませぬが、併し又物と一般に見奉つてはならないのであります、人間と見奉らなくてはならないのであります、人間でありまする限りは、即ち其の意思を社會的に、天皇の場合に於きましては國家的にも活用せられる所の地位と云ふものを御持ちにならなくてはならないのであります、政治に關して天皇責を歸し奉らぬと云ふことは、天皇も、普通の人間と同樣に、政治に付て意思活用を爲されるけれども、之が爲に天皇に責を歸し奉らぬと云ふのでなくてはなりませぬ、それが本當の意味の責を歸し奉らぬと云ふことであり、皇室が御安泰であらせらふれると云ふことであります、故に天皇を政治に付て意思活用を爲し得ざる所の政治無能力者とすると云ふのでは、それでは天皇に責を歸し奉らぬと云ふことの、又皇室の御安泰であると云ふことの本當の意義ではないのであります、政治に付て責を歸し奉らぬやうにする爲に、天皇を政治に關與し得ざるものにすると云ふのは、如何にも尤ものやうに聞えまするが、前述の如く天皇に責を歸し奉らぬと云ふことを誤解するものでありまして、謂はば子供騙しのやうな感じを持つ説明でありますと私は信ずるのであります、處で、今囘の帝國憲法改正案では、天皇の政治的能力と云ふものを殆ど全く無くして居るのであります、私は初は天皇の政治能力を無くすること、其のことを是とすると云ふ政府の意見であると思ひまして、贊否は別として、それも一種の意見であると尊重して居ました、其の意見を尊重して居りました、然るに後、段々と政府の説明を伺ひますると云ふと、それが天皇に責を歸し奉らぬとか、皇室の御安泰を圖るとか云ふやうな爲であると云ふことも伺つたのでありまして、實は其の意見、意見と申しまするよりも、或は説明の方法、技術と言つたが宜いのでありませうか、其の餘りに表面的な言葉であることに失望致したのであります、要するに天皇を政治無能力とすることを以て、天皇に責を歸し奉らぬことであると誤解してはならないのであります、今囘の帝國憲法改正案に依りますれば、右の誤解が爲されて居ると存じます、反對せざるを得ませぬ、第五、天皇無答責を規定することを忘れてはなりませぬ、今囘の帝國憲法改正案に依りますれば、此のことが忘れられて居ます、前に述べました如く、天皇には政治に付て責を歸し奉らぬ、即ち天皇無答責と致しまして、併しそれに付ても、何れかに責任の歸する所がなくてはなりませぬ、現在の帝國憲法では、勿論國務大臣が其の責に任ずることと規定して居ます、帝國憲法改正案では、天皇が國事に關する行爲を爲される場合は、極めて少數に限られて居ることは前述べました通りでありまするが、第三條に於て、之に付て内閣が責を負ふと規定して居ります、天皇のことに付ては何も言うてないのでありまするけれども、此の規定から天皇が責を負はせらるることはないものと解釋出來るのであります、處が、天皇無答責と云ふことは、右の如く天皇が政治的生活を爲さる場合に付てのみ考へることではないのであります、政治上の行動に限らず、天皇の一般の行動に付て、國家は天皇の尊嚴を侵すと社會的に考へらるるが如き方法を以てしては、天皇に責を歸し奉ることをしてはならぬ、是が即ち天皇無答責の一般原則でありまして、彼の政治に付ての無答責なるものは、右の無答責の一般原則の適用に過ぎませぬ、現行の帝國憲法は第三條に「天皇は神聖にして侵すへからす」とありまするが、即ち此の天皇無答責の一般原則を規定したものであります、是は決して政治のみに付ての無答責を規定したものではありませぬ、唯茲に「神聖」と云ふことは決してですね、一部の人が此の言葉のみを見て神祕性とか何とか云ふやうな、さう云ふものでは斷じてないのでありまして、是は詰り法的意味を持つた言葉でありまして、天皇の尊嚴と云ふものは、天皇に相應しく之を保たなくてはならぬと云ふことを言うたものでありまするが、此の規定がありまするが故に、獨り政治に付てのみならず、一般の行動に付て、國家は天皇に對して其の尊嚴を侵すと認めらるるやうな取扱をなしてはならぬのであります、故に例へば天皇に如何なる御行爲があらせられましても、天皇を處罰すると云ふことはならぬ、法では、斯う云ふことを國家が定めてはならない、當然、又天皇の財産に付て差押執行と云ふやうなことを定めてはならないやうなことに今日は解釋されて居ります、然るに帝國憲法改正案に於きましては、現行憲法第三條、無答責の一般原則に該當するが如き條項は全くありませぬ、其の他に天皇無答責のことを規定した條項もありませぬ、でありまするから、此の改正案を、まあ正直に解釋致しますれば、將來法律を設けて、右述べましたやうに天皇に制裁を科するとか、或は其の御財産に差押執行を爲すと云ふ如き規定を設けましても、是はどうも正當なる解釋では、憲法改正案の違反とは言へない、許されることにならざるを得ないと思ひますが、今日我々はさう云ふ規定がなくとも、さう云ふことは實際にあることではないと云ふやうなことは、法律を立てる場合に言ふべき議論ではありませぬ、法律は其の現代のみに止らず、將來どんな人間が、出て來るとも分らない、さうして即ち此の憲法の不備を本と致しまして、天皇に責任を科し奉るやうな法律を作らむと心組む者がないとも限らないのであります、さう云ふ風な、即ち長い間の國家生活と云ふものを想定して、さうして法を作るのが、殊に憲法に於て必要なことであります、尤も此のことに付きまして私が質問致しました時に、政府が恐らく初から御考になつて居つたかどうか知りませぬが、それが第一條の天皇が國家の象徴であると云ふことから生ずることだと仰しやつたのでありますが、是は少しく苦しい説明であると思ふのであります、併し意見の相違でありまするから、述べても仕樣がありませぬ、唯、此處で私は國家の象徴と云ふこと、其のことに付て御尋ねした時に、それは象徴と云ふことは法的……それ自身には法的意味はないと、私の質疑に對して御答がありました、それはさうであります、其の法的の意味のない國家の象徴と云ふことから、天皇の無答責と云ふやうな重大なる法的效果を、法の規定がなくして當然に生ずると云ふことは、少しく牽強附會の解釋であると私は思ふのであります、況して帝國憲法には明かに其の規定があるのであります、其の帝國憲法の明かに定めて居りまする所の規定を何故に特に廢してしまつて、さうして、さう云ふ所謂解釋に任すと云ふやうなことをするのでありまするか、私はどうも其の理由が分りませぬ、それで此處には又反對せざるを得ないのであります、第六、天皇を媒介とする三權分立の機關の心理的歸一と云ふことに注意すべきでありますが、帝國憲法改正案に依りますれば、右のことが注意されて居りませぬ、帝國憲法に於きましては、皆さん御存じの通りに、國家の立法權を行ひます所の立法機關、司法權を行ひます所の司法機關及び行政權を行ひます所の行政機關が各各其の職分を行ふのでありまするが、併しながら其の機關の職分と關聯して居るものと考へられて居るのであります、立法機關は天皇が立法を行はせられる所の職分を輔翼し、之に參與するのであります、司法機關は天皇が司法作用を行はせられる職分に代つて司法作用を行ふのであり、行政機關は天皇の委任を受けて行政作用を行ふのであります、之を他の通俗の言葉で申しますならば、皆天皇より委託を受けて、其の職分を行ふのであります、其の行ふ作用は相異り、其の行ふ態度は相異つて居りますけれども、之を行ふ機關たるものは皆天皇の委託を受けて居ると云ふ其の觀念に基いて、而して天皇に對する責任を感じて居るのであります、立法府たる帝國議會や、司法府たる裁判所や或行政府は、其の職務の執行に於ては天皇の指揮を受くることなく、天皇に對して獨立して居るのでありまするけれども、それはさう云ふ天皇に對しても獨立すると云ふ態度を以て其の職分を盡すべきことを天皇から委託されて居るのであります、それで皆天皇に對して責任を感じて居るのであります、議會に對する責任を感じて居ることは勿論であります、そこで是等の機關は皆天皇の委託を無にしないやうにと責任を感じて居るのであります、同時に立法機關、司法機關及び行政機關相互の間に於きましても、皆等しく天皇の委託を受けて天皇に對して責任を有するものであると云ふ點に於て、自ら心理的歸一の觀念を生じて居るのであります、此の心理的歸一の觀念は、必ずしも意識されて居るのではありませぬけれども、意識されて居ないとしても、是等の諸機關の心の底にそれがあることは疑ひありませぬ、即ち天皇を媒介として存する所の國家三權の機關の心理的歸一は是であります、是が實に、我が國の三權分立制度に於て特に注意すべき點なのであります、現今、立憲國は皆三權分立の主義を採つて居るのでありまするが、其の主義實現の方法は決して一樣でなく皆異つて居ります、其の異つて居る點は、制度其のものに於ても存するのでありまするが、それよりも重大なことは、制度に伴ふ機關の心理の相違であります、右の天皇を媒介とする三權機關の心理的歸一と云ふことは、外國の三權分立の制度に於ては斷じて見られない所である、是が即ち我が國の三權分立制度を心理的方面から見た特色の一つであるのであります、帝國憲法改正案に依りますれば、天皇は前述の如く政治に關與されないと云ふ一般的地位が規定されて居るのみならず、立法、司法及び行政より排除されるものであると云ふことが、各作用に關する規定に於て特に明らかとなつて居るのであります、即ち立法權は國會を唯一の機關とする所であります、天皇は現行の憲法のやうに裁可の權を有せられざるは勿論、拒否の權をも有せられて居りませぬ、積極的にも消極的にも立法の作用より除外されて居られるのであります、又司法權は裁判所に屬します、是れ改正案、第七十六條の規定する所であります、即ち裁判所が司法權を行ひますることは、現行の帝國憲法の下でも同樣でありまするけれども、併しながら現行憲法の下に於きましては、裁判所は天皇の名に於て之を行ふのであります、でありまするから、其の本質に於きましては天皇の職分に屬するものと考へらるるものを、それが裁判所に委託されて、裁判所に依つて行はれて居ると云ふことに相成るのであります、處が、帝國憲法改正案に依りますれば、初より天皇を司法の作用より除外して居ります、是は非常なる相違ではありませぬか、唯裁判所が行ふと云ふ國家作用行使の現象的同一なるを見て、兩者の本質上の差異を見落してはならないのであります、又行政權は内閣に屬します、是れ改正案、第六十五條の規定する所であります、是も現行憲法と大なる差異であります、現行憲法の下に於きましては、行政權は天皇に屬するのである、行政機關は天皇の委任に依つて之を行ふと云ふのが大體の本則であります、帝國憲法改正案に於きましては、行政權は初より天皇に屬しないと云ふのが本則であるのであります、從つて天皇は特に憲法が天皇の行はせらるるものと定めた極めて少數の場合の外は、行政權と云ふものを行はせらるることはありませぬ、即ち本則として天皇を行政の作用より除外して居ります、是も形の上では行政機關が行ふと云ふことの現象的の同一性がありまするけれども、其の本質に於ては全然差異があると云ふことを忘れてはなりませぬ、之に依つて見ますれば、國家の作用を行ふ三權の機關が天皇より委託を受けて、天皇に對して責任を感じて其の職分を盡すと云ふこと、及び天皇を媒介して存する心理的歸一と云ふことは、今日迄の如くには憲法改正案の下に於ては期待し得ないと案ずるのであります、尤も帝國憲法改正案に依りますれば、國會が國權の最高機關でありまするから、それは恰も現行憲法に於ける天皇と同じく、事務的には國會を媒介として諸機關の歸一が形式的に保たれるのであります、併し茲に問題として居りまするのは、そんな事務的の形式上のことを言ふのではないのでありまして、行動に於ける心理上のことを言ふのであります、天皇を媒介として諸機關の心理的歸一と云ふことは、實に我が國の今日の三權分立の制度の下に於て最も注意すべきことでありますが、帝國憲法改正案に依れば、此のことが注意されて居りませぬ、反對せざるを得ませぬ、第七、「ポツダム」宣言の趣旨を誤解して、之に依り我が國が君主國より民主國に轉じたものと思ひ、又さう轉じなくてはならないものとなつたと思つてはなりませぬ、憲法改正案に依りますれば、右の誤解を基礎として居ると思はれる節があるのであります、尤も之に付きましては、私は本會議に於て私の質問の場合に一言致しましたけれども、事は極めて重大であり、又其の當時は明かにして居ない點もありまするから、御許しを得て茲に再び申述べたいと思ふのであります、我が國が受諾した「ポツダム」宣言の條項を忠實に實施するの義務を有することは言ふ迄もありませぬ、同宣言は第十項に於て、日本國政府は日本國人の間に「デモクラチック」傾向の復活強化することに對する一切の障害を除去すべきであると聲明して居ります、又第十二項に於て、是等の目的が達成せられ、且、自由に表明された日本國人の意思に合致して平和的傾向の、又責任ある政府が樹立せらるる時は、直ちに聯合國の占領軍は日本國より撤收せらるべきであると聲明して居ります、之に依り我々は次の義務を負うて居ります、其の義務の一としては、我が國に於て、今後、我が國の社會生活一般に於て、「デモクラチック」の傾向が復活強化せられなくてはならぬ、「デモクラチック」と云ふのは、社會生活に於て皆が共に其の意思に依つて其の態度を定める、所謂共意主義とでも言ふべきことであります、又其の義務の二として、我が國に於て我々日本國人が自由に表明した意思に合致した平和的傾向の、又責任ある政府が樹立せられなくてはなりませぬ、是は我々の社會生活の仕方を定める根本的態度に關することであります、以上のことは…右の前のものは、一般に我々の社會生活の仕方のことでありまして、獨り政治生活の仕方のみに關することではありませぬ、其の事が特に政治生活の面に現れて、右申しました中の後のものとなるのであります、此處では此の後のもののことを問題とするのであります、之に依りますると云ふと、我が國に於て平和的傾向を有し、又責任ある政府が樹立せられなくてはならぬのでありまするが、さう云ふ政府は我々日本國人が自由に表明したる意思に合致するものでなくてはならぬのであります、是は「ポツダム」宣言は、我が國の政府が平和的傾向を有するものでなくてはならぬし、又責任あるものでなければならぬとすると共に、其の政府が日本國人自身の意思に合致して樹立さるべきものであるとするのであります、換言致しますれば、平和的傾向を有し、又責任ある政府の樹立される方法は、我我日本國人自身の意思に依つて定めらるべきものだとして居るのであります、實に我々日本國人の自律的の努力を要求して居るのであります、茲に日本國人と申しまするのは、いつかも申上げましたやうに、「ジャパニーズ・ピープル」と云ふのでありますが、此の「ジャパニーズ・ピープル」と云ふのは、或一部の人の誤解して居るが如く、君主と對象の意味に於て國人と言ふのぢやない、日本國を構成して居る所の人間、君主とか國民とか云ふことを見たものではない、それ故に之を日本國民と譯すのはいけないのでありまして、日本國人でありまするが、さう云ふ意味に解釋しなくてはならぬし、此の事は「ポツダム」宣言の條項自身の解釋からも出て來ますると共に、終戰に當りまして、我が國と聯合國との間に交渉されました所の、其の外交の文書からも出て來るのでありまするけれども、それを詳しく申上げることは止めて置くのであります、要するに、即ち我々日本國自身の意思に依つて、決して日本國の君主に對する國民と云ふやうなものではない、日本國を構成して居る日本國人の意思に依り、さう云ふ即ち民主主義的な政府體制を作らなければならぬと云ふことに相成つて居るのであります、でありまするから若し「ポツダム」宣言と云ふものの受諾の義務と云ふやうなことから何か、我が國が即に君主國から民主國に轉じたものであると考へ、或は又必ず君主國より民主國に轉じなくてはならないものと考へるならば、それは非常なる誤解であると思ふのであります、此のことは、私は此處に於きましても、又委員會に於きましても、政府の御方に御尋ね致しまして、「ジャパニーズ・ピープル」と云ふのは、私の申上げました如く君主との對象に於ける國民と云ふ意味ではない、私の言葉を許すならば、日本國人と云ふやうな意味であると云ふことに御同意を得て居るのであります、それで是は第七であります、第八、我が國の政治的基本性格たる國體の變更は、延いて結局精神的、倫理的方面より見たる國柄、即ち別の意味の國體の變更を來す危險があると云ふことを忘れてはなりませぬ、帝國憲法改正案に依れば、是が忘れられて居ります、帝國憲法の改正案に依りまするならば、萬世一系の天皇が、萬世一系たるの故に統治權を總攬せられると云ふ事實を變更するのでありまして、其の事實を國體と呼ぶと云ふ意味に於ては、國體の變更を來すものであると云ふことは私共が申す所でありまするのみならず、是は政府も先達てさう云ふ意味に御認に相成りました、さう云ふ意味に於ては國體の變更があると云ふことは御認になつたのでありますが、處で、國體と云ふ言葉は又別の意味にも用ひられ來つて居るのであります、詳しく申上げることは、遠慮致しまして、一口に申しますれば、精神的倫理的の方面より見て、我が國の國柄と、斯う云ふ意味もあるのであります、前の意味の國體と云ふ事實は、是は政治の樣式より見た我が國の國柄であります、斯う云ふ風に「國體」と我々が言葉で呼んで居りまするものに、右の二つの事實の區別のあることは明かにして置かなくては問題の混雜を來すのであります、此の頃國體に關する色々な議論がある中に、恐らく此の二つのことをはつきりと區別せずに其の議論を出發せしめて居ることが混雜を來した原因の主なるものであるかと私は思ふのであります、そこで政府の御方は、右の中の政治の樣式より見た國體は憲法改正案に依つて變更はした、成る程さうであるが、精神的、倫理的の方面より見た國體は變更しないと申されて居るのであります、元來初めから問題として居るのは政治の樣式より見た國柄、即ち前の意味の國體のことでありまするが、其のことは變つたと仰しやるのでありますから、それは暫く別と致しまして、次に更に進みまして、然らば、所謂精神的、倫理的の方面より見た國體なるものが、政治の樣式より見た國體の變更に依つて何等影響を受けないのであるかどうかと云ふ問題であります、凡そ國家を成して居りまする所の人間の社會に於て、其の精神的、倫理的の状態が政治の樣式と密接不可分離の關係のあるものであることは言ふ迄もありませぬ、殊に我が國に於きましては、萬世一系の天皇が統治權を總攬せられて居り、而もそれが一に民意を尊重せられ、又政治の責任に歸著する所を明かにすると云ふことを重んぜられて居ると云ふ、さう云ふ事實が我々社會生活に於ける精神的な作用、倫理的な作用に非常に大なる影響を與へて居ると云ふことは何人も否むことは出來ないのであります、影響を與へて居ると申しますよりも、我が國の精神的、倫理的の方面より見たる國柄、即ち別の意味の國體と言ひまするものに於ても、其の要素其のものの中に萬世一系の天皇が統治權を總攬せられて居ると云ふことを重んずる觀念が含まれて居ると思ふのであります、影響どころぢやない、精神的、倫理的の意味の國體と云ふ觀念の要素の一つとなつて居るのであります、でありまするから、萬世一系の天皇が統治權を總攬せられると云ふ國柄が變更しますれば、精神的、倫理的方面より見た國柄も變更せざるを得ませぬ、前の意味の國體が變更するのは、後の意味の國體の變更に影響を與へずしては置かないのであります、それは決して國體と云ふ言葉の意義ぢやないのであります、其の言葉の示す事實の問題であるのであります、政府の説明せられる所に依りますれば、今囘の帝國憲法改正に依つて即ち國體が變更したとするも、精神的、倫理的の方面の事實たる國體、ちよつと御斷り致しますが、精神的、倫理的方面と云ふ言葉を御使ひになつたかどうかは覺えて居りませぬが、實質的にはさう云ふ意味の國體は變更するものでないと仰しやいましたけれども、私は茲にさう云ふ方面から見た國體を變更する危險があると云ふことを今言ふのであります、此のことが今囘の國體論に於て忘れられて居ります、又別々のものとして引離して居る、我々の社會生活は、そんな觀念的に、概念として區別し得るやうな、さう云ふものぢやありませぬ、實際的には皆關聯し一體となつて居るのであります、故に此の政治樣式から見た所の國體と云ふ事實が變りまするならば、精神的、倫理的方面から見た國體と云ふ事實にも、今はさうでなくても何時かは自ら影響を與へると云ふ危險があることは十分あるだらうと思ふのでありますが、今囘の改正案に於きましては、此の點が忘れられて居ると思ふのであります、反對せざるを得ませぬ、第九、我が國の今後の平和主義的、道義的の使命は、我が國家の個性を基礎とする活動に依らなくては、之を達成することは出來ないと云ふ點が注意されなくてはなりませぬ、帝國憲法改正案に依れば、右の注意が不十分であると思ふのであります、我が國家は、今後國内生活に於きましても、國際生活に於きましても、平和主義的、道義的國家として、人間社會の平和、道義を實現することを使命とするのでありまするが、其の使命を逹成するには、我が國家の個性に基礎を置いて、そして活動するのでなくては、到底有效なる結果を齎すことは出來ないのであります、固より人間は、總ての社會の人間が普遍的な性質を持つて居ることは言ふ迄もありませぬけれども、今日斯くの如く幾多の國家が相分れて、各各其の國家群として社會生活をなして居りまする以上は、其の活動の樣式に於きましても、必ず其の國家々々に存在して居りまする所の個性に基礎を置かずしては、其の活動は結局無效に終ると思ふのであります、此のことに付きましては、もう時間もありませぬから詳しく申上げることは止めて置きます、此のことは唯、我が國の國内生活のみでなく、國際生活に付て特に感ずるのであります、それで世界の人間は、皆一樣に平等的、道義的の社會生活の實現に努力しなくちやならぬのでありまするけれども、併しながら其の努力は、各國家々々に特別なる所の個性に相應しきものでなくては、到底其の效果を擧げることは出來ないと思ふのであります、將來我が國が從來の誤れる所の國際的態度を改めて、大いに世界と相提携しまして、平和的道義を實現すると云ふことは當然のことでありまするが、それであればある程、我が國の活動の状況を、我が國の個性に適合したものとせなくてはならないと考へるのであります、此の點に於きまして、帝國憲法改正案では、少しく其の用意が不十分であるかと思ふのであります、反對せざるを得ませぬ、第十、帝國憲法の改正案の個々の條項の可、不可と云ふことは、それ自身では、私の判斷する立場に於きましては、帝國憲法改正案を一體として見て其の可、不可を決定するの材料とはなりませぬ、帝國憲法改正案の條項を個々のものとして見まする時は、可なるものも不可なるものも色々あります、私の大いに贊成するものも決して少くはありませぬ、併しながら何れに致しましても、今囘の如き改正案に對する判斷と致しましては、之を全體として、一體として見て、其の可否を決定しなくては、ならぬと私は思ふのでありまするから、私が今囘の改正案中、可とするものがある、從つて其の點に於ては贊成するものがありましても、而も全體として其の改正案を不可とするのは已むを得ない、斯う云ふ意向であります、其の理由は、前刻來申上げた通りであります、最後に感想に付て一言することを許して戴きたいと思ふのであります、以上、私は今囘の憲法改正案を不可とするの意見を述べました、憲法は言ふ迄もなく、國家の根本法でありまするから、一度それが成立しました以上は、それが正當なる批判を受け得ることの差支ないことは勿論であるのであります、併しそれが所定の手續に依る改正を經ない限りは、兎に角實際の行動に於ては、今囘の改正案を遵奉して、之を我々の行動の準則とせなくてはなりませぬ、でありまするから、それが成立するに至る迄は、我々は眞劍に其の可、不可を研究しなくてはならないのであります、殊に曩に司令部の方面から聲明せられたる所に依りますれば、我々國民は今囘の改正案に付て忌憚なき意見を公表することを許されて居る、許されて居るどころぢやなく、求められて居るのであります、若しそれにも拘らず、我々が今日反對の意見を持ちながら、之を公表しませぬならば、或は恐る、此の司令部なり、或は聯合國、更に進んでは世界一般が、此の憲法には、日本國民が總て反對でないのだ、總て贊成して居るのだ、反對の者は一人も居ないと云ふ風に解釋されても致し方がありませぬ、其のことは唯理論的に致し方がないと云ふのではない、是は實に我が國の將來の國際的活動の上に於て、非常に重大なる意味のあることと思ふのであります、故に私は此の點から致しましても、苟も反對の意見を持つて居る者は、はつきりと公の壇上に於て反對の意見を表白して置くことが實に我が國家の國際的の將來の發展に非常に有益なことと考へるのであります、(拍手)今囘の帝國憲法改正案が成立致しますならば、今日まだ我々が持つて居りまする所の帝國憲法と云ふ法典は、實質上消滅に歸するものであります、帝國憲法と云ふ名も消滅致します、新たに日本國憲法と云ふ名を以て發布せらるるのであります、又國家の公の名たる國號も、大日本帝國ではなくなりまして、日本國となるのであります、今囘の帝國憲法改正案は、帝國憲法廢止の名を捨てて、其の實を取つたものであります、帝國憲法は皆さんの御存じの通りに、明治天皇が長年月に亙り、我が國の歴史に徴し、外國の制度の理論と實際とを調査せしめ給ひ、其の結果に付、御裁定になつたものであります、其の根本は、政治を民意と合致して行ひ、又國民の自由を尊重して政治を行ふと云ふ原理に立つて居るのであります、加之、明治天皇は憲法制定の事務を御考になつたのみでなく、御一個として、明治維新以來夙に民意政治を原理とするの必要を思はせられまして、さうして其の御教養の爲に、或は我が國の學者を招いて外國の書を講ぜしめ給ひ、或は或侍臣を「イギリス」に派遣せられまして、其の制度を研究せしめ給うたのであります、又嘗て「アメリカ」の第十八代大統領「グラント」將軍が職を退いて、世界の旅行に上られ、我が國に寄港せらるるや、明治天皇は特に國賓の禮を以て之を迎へ給ひ、所謂聖主英雄會見の場面と稱せられて居るのでありまするが、其の際「グラント」將軍より、我が國憲法制定の方針の大本に付て、言葉短くではありまするけれども、進言する所があつたと傳へられて居るのであります、又後に有栖川宮殿下に國憲制定の命を下されました時にも、參考にしろとて、先刻申上げました、「イギリス」に派遣せられた一侍臣が、「イギリス」より御土産にと持つて歸られました所の所謂「トッド」氏の「バーリアメント・ガヴァメント」、議會政治と題する所の書物を有栖川宮殿下に參考にしろとて御下賜になつたと傳へられて居ります、明治天皇が唯政治的の事務として帝國憲法の制定のことに御盡瘁あらせられたのみでなく、其の御準備として、或は又御一個の御修養として、如何に民意政治、立憲政治のことに御軫念あらせられたかと云ふことは、實に拜察するに餘りあるのであります、獨り歐洲大陸流の思想のみならず、英米流の思想をも御研究になつたことは、是で明かでありませう、而も我が國の個性の守るべきものは之を守られ、捨つべきものは屑よく之を捨てられて居るのであります、傳ふる所に依りますれば、前に申しました「アメリカ」の「グラント」將軍は、明治天皇と會見の際、明治天皇に對し奉り、日本にも軈て憲法を制定せらるることであらうと考へるのでありまするが、日本の憲法は、日本の歴史習慣を基礎として制定せらるることが望ましいと申上げたので、明治天皇も御喜びになつたと云ふことが我々に教へられて居るのであります、斯くの如きことを長々と申上げると云ふと限りがありませぬけれども、もう一つ申上げなくては氣の濟まぬことがあるのであります、帝國憲法の草案が成りまして、樞密院の議に付せられ、連日親臨、審議せられたのでありまするが、或日宮内省の者が、當時議長でありました所の伊藤博文の所に來り、何事か述べました、伊藤議長は天皇の前に罷り出まして、何事か申上げました、けれども、天皇は其の儘審議を進められました、聞く所に依りますると云ふと、當日一皇子の御不幸のことがあつたので、宮内省より伊藤議長に通知し來り、伊藤議長は天皇に此のことを申上げて、御退座を御願ひ申上げましたが、天皇は之を却けさせられ、當時審議中でありました所の或條項の審議が終つてから初めて御退座になつたと云ふことであります、之を聞いて、我々は果して如何なる感を懷くでありませうか、加之、我々の父祖たる先覺國民が、此の明治帝國憲法の制定を冀ふ時に、當路の忌諱に觸れまして、或は獄に投ぜられ、或は財産を抛ち、或は時に生命を抛つた者が實に枚擧に遑がないのであります、斯くの如く、上に聖天子あり、下に愛國先覺の國民あり、又事務的に精勵の當局あり、斯くの如く上下一致して長年月の努力の結果、漸くにして成立しましたる所の帝國憲法が、其の發布以來今日に至る迄幾十年、是が如何に大いに我が國の國家の發展、我が社會の進歩に役立つたかは、茲に喋々する迄もありませぬ、其の憲法が今一朝にして勿勿の間に消滅の運命に曝されて居るのであります、實に感慨無量であるのであります、飜つて思ひますれば、現内閣が前内閣の志を繼がれて、今囘の帝國憲法改正案を帝國議會に提出せられてより今日に至る迄、或は説明に、或は其の維持の爲に、多大の努力を拂はれたことは、私の衷心、敬意を表する所であります、固より私は此の案に反對する者でありまするけれども、此の諸公の苦衷の存する所は能く分つて居ります、衆議院に於きましては先に可決致しました、我が貴族院に於ても久しく審議を致し、今將に其の議決に至らむとして居るのであります、斯かる憲法案と云ふが如きものに付きましては、出來るならば、一人の不可とする者の存在せざることが勿論望ましいのであります、私も固よりさう云ふことは分つて居る、内閣の諸公、我が貴族院の議員諸君も同樣であらうと思ふのでありまするが、併しながら私は前に述べました所の意見に依りまして反對の意を此處で表明せざるを得ないことに相成つたのであります、實は誠に苦痛の至りであります、若し之が爲に我が貴族院の同僚諸君の御氣持を損ふやうなことがありましたならば、私は唯々、諸君に向つて私の頑愚なるを笑つて御許し下されむことを御願ひするのであります、斯かる強く、又弱き思ひを懷きながら、私は今此の壇を降るのであります(拍手起る)

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利息請求の要件事実

①元本請求権の発生原因事実
②利息契約締結
③一定期間「経過」
→★★★記載例…『平成⚪︎年⚪︎月⚪︎日(元本返還日)は「到来」した。』

③について
利息の本質は、特約がない限り、元本使用の対価である。とすれば、利息の支払いは、

(i)元本の金額×利率×成立日から返還日までの期間(計算方法…元本使用対価の原則)

を、

(ii)元本返還日に支払え(支払時期…後払いの原則)

、というのが原則。勿論、特約は可能。

例えば、分割払いであれば、使用できる残元金は分割払いをすると共に減少していくがあくまで利息は(i)の計算方法と同じ計算をしており元本の使用の対価という性質を超えている点、元本返還日より先に分割して支払う点で、元本使用対価の原則、後払いの原則の例外といえる(厳密に言えば、利息は、成立日から、毎日毎日、日が経過する毎に日割分が随時「発生」し、元本返還日に一括して「弁済期が到来」する、という仕組みである。とすれば、例えば、3月分の利息を2月末日に先払いする、または、貸付時に利息分を天引きする、という特約は、未だ一定期間が経過せず本来であれば「発生」すらしていない利息を支払うというものであり、この点でも元本使用対価という性質を超えている。正確には、「将来において発生すべき利息金に充当することが予定された金員の先払い」と表現した方がいいかもしれない。)。

厳密に考えるとこのようにややこしいが、

「元本の金額×利率×成立日から返還日までの期間を、元本返還日に一括して支払う」(利息契約締結のみを主張した場合、こうなる。)

を原則形態として把握し、これと異なる内容、例えば、元本の分割払いであるが利息は元金×利率で計算されている場合や、利息天引きの場合、その特約について原告側に主張立証責任がある、と考えれば良い。

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主張責任と立証責任の一致について

司法修習生の多くは、おそらく主張責任と立証責任の完全一致説に立っていることだろう。
しかし、この考え方はやはりおかしいと思う。
例えば、期限の利益喪失約款。
通常、期限の利益喪失約款は、停止期限付合意として、

①各弁済期が経過したとき、債務者は期限の利益を喪失するという合意
②弁済期の経過

を請求原因として要求し、

・各弁済期に弁済したこと

を抗弁としている。しかし、これは、完全一致説に固執するあまり当事者の意思を捻じ曲げている。
むしろ、主張責任と立証責任の不一致を受け入れ、

①各弁済期に弁済を怠ったとき、債務者は期限の利益を喪失するという合意
②各弁済期の弁済の遅滞の事実

を原告に主張させ、ただ、②について、原告は主張責任のみを負い、被告が各弁済期に弁済したことにつき立証責任を負うとしたほうが、スッキリする。何より、当事者の意思を捻じ曲げなくて済む。

弁護修習で分かったが、訴状には、契約書の通り素直に、各弁済期に弁済を怠ったとき、債務者は期限の利益を喪失するという合意及び各弁済期の弁済の遅滞の事実を主張していた。もちろん、だからと言って、弁済をしていないことを原告が立証しなければならないとは、決して考えていない。当然、被告が弁済したことを立証すべきと考えている。
不一致説が妥当なんじゃないでしょうか。

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択一六法の件

どの択一六法を使うか。強いて言うなら、判例六法かな。択一六法じゃねーじゃんというツッコミが来そうだけど。ただ、憲法は短答とはいえ、判例ががっつり載ってる判例集が必要。最近知ったんだが、憲法判例インデックス(禁書目録ではない。)が出てるらしい。会社法のやつも出てるらしいね。どうでもいいけど。結論としては、

判例六法



憲法判例インデックス(ただ、Amazonの評価が低いので、一度手にとって見て見ないと、良いか不明。又みたら記事にする。)

があればいいんじゃね?というところ。

どうしても択一六法が欲しいなら、買ってもいいけど。現に俺持ってたし。条文判例本。でも、使えそうな図表コピーして判例六法に貼り付けた以外は、あまり使わず。執行猶予とか取締役会のまとめの図表とか、使えた。ただ、普通予備校本にも載ってるから必須とまでは。

勿論、択一六法を使った、予備校の講義とったのなら、折角使ったんだから、引き続きその択一六法使えばいいと思う。

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